プロレスラー・小川直也

そして小川直也はプロレスラーになった。
私にとっては、やはり橋本真也との一連の抗争、それも99年1・4新日本プロレス東京ドーム大会での“事件”が印象深い。
「シュートを仕掛ける」というプロレス界の暗黒面、それもすでに半ば伝説と化し実際にはあり得ないものと思われていたプロレスを、あの日の小川は実行し、何万人というファンに見せつけた。
鋭いパンチで足下がふらつく橋本、倒れた橋本に馬乗りになりマウントパンチをたたき込む小川、血にまみれる橋本の顔面、その顔面をさらに踏みつけリングから蹴り落とす小川、いつもの飾り立てた言い回しを忘れただ「小川強い! 小川強い!」と絶叫する辻アナウンサー、そしてプロレス史上に残るマイクパフォーマンス「新日本プロレスファンのみなさん! 目を覚ましてください!」。
私はこのとき、ダーティーヒーローの誕生を目撃した。
それは私個人の幻視にすぎなかったのかもしれないが、しかし「ついに出会ったのだ」と思った。
プロレスファンとして先達の発言を見ていると、皆かならず傾倒するプロレスラーを持っている。
村松友視いしかわじゅんは、アントニオ猪木を至高のレスラーと考える。
大塚英志浅草キッドは、前田日明に自分の青春を重ねた。
そして私にとっては、小川直也が人生でただ一人の、特別なレスラーなのだ。
プロレス界においても、他業界からの転向組でありなおかつ上記の不穏試合という“前科”を持つ小川直也は異端児だ。
だが異端児であるというその事が、プロレスラー・小川直也の価値として受け入れられている。
全てを飲み込むのがプロレス。
だから私はプロレスが好きなのであり、プロレス界に生きる異端児・小川の存在は私がプロレスを好きでいることの根拠を証明してくれる。
私の愛するプロレスとは異端児によって創られる物語なのだ。