柔道家・小川直也

柔道界では、小川の存在はある種のタブーらしい。
柔道を始めてからたった四年で王者になった怪物であり、五輪で金メダルを獲れず、記者会見で不遜な態度を示し、あげくにプロレスに転向してしまった異端児。
噂では、柔道界に大きな影響力を持つ山下泰裕の不興をかっているため村八分にされているとも聞く。
小川の扱いに、同じく柔道から格闘家に転身しても柔道界とコミットし続けることを許されている吉田秀彦と大きな違いがあることは確かだ。
もちろんそこには本人の意志が大きく関わっていると思うが、それを含めても小川の異端ぶりは際立っている。
また、吉田が小川についてほとんど言及しないという事実についても見逃してはいけない。
小川と吉田の不仲は格闘ファンのあいだでは良く知られているし、おそらく柔道界との縁を保ちたい吉田にとって、小川について云々するのは徳にならないのだろう*1
少なくとも私の知る限りで格闘家となった小川の試合にコメントを出しているのは明大柔道部時代の恩師・原吉美氏くらいのものだ。
小川はもはや柔道家ではないのか。

*1:小川と吉田の不仲についてはいろいろな憶測が可能だ。94年の柔道全日本選手権での無差別級準決勝。吉田が三階級の体重差をはねのけて小川を判定で下した試合は有名だが、これはかなりの灰色判定としても名高い。当時の小川は同選手権を五連覇中で、しかもすでに柔道界の異端児として嫌われていた。そして試合内容で見ても、吉田が“果敢に攻め立てた”と言えば聞こえはいいが、実際はほとんど“かけ逃げ”をしまくって小川に試合をさせなかった。この戦法で吉田勝利の判定が下されたこと自体に、当時の柔道界と吉田の共軛関係を読み取ることはできる。またこれは日本人の持つ柔道観が背景にあるのではないだろうか。「小をよく大を制す」という言葉があるように、小さい人間が大きい人間を投げ飛ばすのが柔道、という思想である。この思想が無差別級の試合に入り込み、極真空手のような「体重差」をひとつのポイントとする判定結果が生まれてしまったのではないだろうか。このように考えると、小川が柔道界の異端児となった理由のひとつに、「体格に恵まれていたから」というのを付け加えなくてはいけない。193㎝の身長に不自然さを感じさせない体躯。日本人離れした身体であることが、小川を異端児にしたのかもしれない。