格闘家・小川直也

橋本戦の後、プロレスファンの間では小川直也の最強幻想が膨らんだ。
「小川はシュートで橋本をツブした」
「ガチでやったらだれも小川にはかなわない」
そんな中で発表された小川のPRIDE参戦は、まさに待望のニュースであったと同時に、それが実現することに不安を感じずにはいられなかった。
しかも相手はゲーリー・グッドリッジ
トップ選手というわけではないが、実力も経験も折り紙付きの強敵で、柔道出身の小川の不安要素である打撃を得意としている。
もしもここで小川が負けてしまったら、プロレスファンはいったいどうすればよいのか。
幻想のかけらも失われてしまったプロレスを楽しく見続けられるわけがない。
小川のPRIDE参戦は、もしかしたらとんでもない悪夢となってしまうのではないか。
PRIDE.6のTV放送、小川vsグッドリッジのゴングが鳴ったとき、私の手は震えていた。
開始直後からラッシュを仕掛けるグッドリッジ。
グッドリッジのパンチに膝蹴り、防戦一方の小川。
しかし当たっていない! どれもクリーンヒットはしていない!
ラッシュが途切れ、二人の距離が離れた時、小川は何事もなかったかのようにファイティング・ポーズを取り直した。
その所作の美しさ。
私は小川の勝利を確信した。


このようにプロレスファンの目から見たとき、PRIDEのリングにおける小川は完全無欠のヒーローである。
しかし格闘技ファンからは、「真剣勝負の世界をプロレスのやり方で冒涜する異端児」だ。
グッドリッジ戦後にプロレスのベルトを持ち出して高田延彦を挑発、PRIDE.10では弟分の村上一成を倒した佐竹雅昭とにらみ合いを演じ、格闘技ファンは小川にブーイングを浴びせリングに物を投げた。
PRIDE GP 2004」においても、(テレビ放送での大プッシュとは裏腹に)状況は変わらない。
レコに勝っても、シルバに勝っても八百長と罵られる。
あるいは「イージーな相手だから勝って当然」と論評される。
だがそれもまた小川直也であればこそだ。
本来、格闘技ファンが柔道において輝かしい実績を持つ小川の強さに疑問を持つというのはおかしな話だ。
だが小川は自らを「柔道をバックボーンに持つ格闘家」とはせず、完全に「プロレスラー」であると自己規定し、いかにもな言動を繰り返す。
格闘技ファンたちはそのプロレス的態度に非難を浴びせるのである。
しかしそれは、一人のヒーローが自分たちのものにはならず、プロレスファンのものになっていることに対する苛立ちと嫉妬に他ならない。
裏を返せば、彼らの非難は彼ら自身がいかに小川直也という格闘家を欲し、憧れ、愛しているかということのあらわれなのだ。
だが、小川は「『ハッスル』(プロレス)の為に戦う」と公言してはばからない。
自ら選んだ異端児の道で、「PRIDE GP 2004」を勝ち抜こうとしているのだ。