とある文学フリマの感想に感激した

一昨日は新聞記事を見てちょっと荒んでいた私ですが、みなさんの文学フリマの感想を巡回してまた元気が出てきました。
特に感激したのがこの感想です。


はてなブックマークが伸びていたのでクリックしたのですが、来場者にこんな感動を与えることが出来たのかと思うと、主催者として「本当に文学フリマを続けてきてよかった!」「ゼロアカを開催してよかった!」と報われたような気持ちになりました。

なんていう創作熱意でしょう。私は同人誌・音系即売会で泣くほど喜ぶ売り子というものを見たことがありません。何かを創作することによる泣く程の達成感...正直、私は最後の方なんて選抜結果を知りたいがために即売会に残っていただけなのですが、あれ程心に響く光景を見ることになるとは思ってもいませんでした。

ゼロアカ道場の参加者を見て、こんなにストレートな感想を抱ける視線は素敵です。
いったい、どんな人が書いているんだろうと書き手の名前を見て、驚きました。
私はこの人を知っている。いや、正確には、“一方的に”知っていたのです。
その人は「ハードコアテクノウチ」のDJテクノウチさん。
私との関係性は、

「著者」と「読者」です。


この本は私が音系同人誌即売会「M3-2008秋」で購入したものです。
事前にチェックして購入したわけではなく、その日ブースの前を通った時に感じるモノがあり、売り子さん(ご本人ではなく編集の方でした)に詳しい説明を聞いて買いました。
そして私の勘は大正解で、非常に読ませる音楽エッセイ集でした。
「M3」ではCDもたくさん購入したのですが、私にとっては最大の収穫のひとつともいえる一冊だったのです。


その著者がなぜか文学フリマに来場していて、そこで感動を覚え、それを言葉にしてくれた。
さらにそのブログを私が読み、感動した。
こんなことがあるのでしょうか。
もちろん狭い同人業界ですから、ありうることだと笑われるかも知れません。
でも、あまりにも一方的な思い込みではありますが、私には奇跡のような出来事に感じられます。
なんというか、私はこの偶然に興奮し、感激してしまったのです。
私の方こそ、DJテクノウチさんに「ありがとう」と伝えたい。
とにかく、それが書きたかったことです。

朝日新聞の記事に思う

今朝、朝日新聞の文化欄を開くと驚きの見出しが飛び込んできました。


岐路に立つ「同人誌」 「文学界」での「評」打ち切りにasahi.com 本紙では朝刊34P


内容はご覧いただけばよいのですが、「文学界」の同人雑誌評打ち切りの話題です。
とはいえ、同人雑誌評年内打ち切りの報は5月の時点で伝えられていて、私もその時に5/8付けの事務局通信で以下のように書いています。

驚くと同時に「やっぱりな」とも思う、そんなニュースです。
もう五年ほど前から(あるいはもっと以前から)、同欄では「雑誌の応募数が減っている」としきりに書かれていました。
ただその頃から「同人の高齢化」をその主たる理由として挙げていて、そこに同欄の限界があったような気がします。
そもそも常識的に考えて、若い人たちが同人雑誌を立ち上げた時に、“同人雑誌評”に応募して「69歳から80歳までの4人の評論家」に自分たちの雑誌を評してほしいと思うでしょうか。

面白いもので、このエントリーを書いた直後、西日本新聞から電話取材を受けました。
それは「ハタチの平成」という特集記事になり、5/22付けの西日本新聞に掲載されました。
同人雑誌評の終了を伝えると共に、新しい動きとして「文芸同人誌案内」や「文学フリマ」を紹介し、「同人誌にも未来はある」と締める内容でした。


もう半年近くも前に、そういう記事が出ていたので、まさか今頃になって(それも文学フリマの三日後に)こんな見出しを目にするとは思いませんでした。
しかもこの記事の場合、同人雑誌評が「三田文学」でかろうじて存続することになった、というおそろしくネガティブな締め方になっています。
関係者には失礼な言い方になりますが、「文学界」から「三田文学」というのは誰がどう見ても“都落ち”で、とても「よかったよかった」と言えるような状況ではありません。
むしろ「先行きは暗いなあ」と世の文芸同人たちに思わせる内容です。
さらにこの記事で紹介されている大河内昭爾氏のコメントには首をかしげざるをえません。

評者を28年間つとめた文芸評論家・大河内昭爾氏は「同人の方からは、『文学界』で取り上げられるのが張り合いだったので終了は残念、という手紙をもらった。かつての同人には身銭を切ってでもやる熱意があったが、若い世代にはその心意気が継承されておらず、さびしいが仕方ない」と話す。

若い世代に「身銭を切ってでもやる熱意」がないからダメになった、というのは文学フリマに関わる人であれば納得できない発言ではないでしょうか。
仮にそうだとしても、その心意気を継承できなかったのは若い世代ではなく、その「上の世代」の責任のはずです。
その責任を「さびしいが仕方ない」などという諦念でスルーされたらたまったものではありません。
「あなたがたが20年も30年も評者に居座っているから“同人雑誌評”が“老人雑誌評”*1になってしまったんですよ」と、誰かが言ってあげるべきではないでしょうか。
そして当然、“都落ち”の責任を取って大河内氏は評者を辞任するべきです。
聞けば同人雑誌評の謝礼は一ヶ月ぐらいなら十分に暮らしていけるほどの金額だったそうですから、食うや食わずの若手批評家に譲ってはいかがでしょう。


……
どうも言葉がキツくなってしまいました。
でも文学フリマがあれだけ盛り上がったのに、こういう記事を見せられたので、三日前のあの熱気が幻だったように思えてとても悲しくなってしまったのです。
この記事で語られている「同人誌」と、文学フリマの「同人誌」は別物なのかもしれません。
しかしそれが別物であることがすでにおかしいのだとも思います。
とにかく、文学フリマでするべきことはまだまだあるのではないか、そんな風に考えさせられた記事でした。

*1:この表現は年内打ち切りの発表に際して大河内氏みずからが「同人雑誌を老人雑誌と陰口をきかれる推移は留めようもなく」と記したところからとっています。

青山ブックセンター、再び破綻

今を去ること四年前、「第三回文学フリマ」はすでに開催日程を発表し、出店者の募集を開始していたにもかかわらず、会場であった青山ブックセンターの倒産により日程と会場の変更を余儀なくされました。
その時に現在も使用している秋葉原東京都中小企業振興公社に移ることができ、事なきを得たのでした。


その後、再建の道を歩んだ青山ブックセンターですが、再び経営破綻に陥ったようです。
運営元である「洋販」が自己破産したのです。
ブックオフが支援に名乗りを上げているというのも象徴的です。


「洋販」自己破産 ブックオフが青山ブックセンター支援 ←asahi.com


第三回の時には騒動に巻き込まれたとはいえ、青山ブックセンターは「文学フリマ生誕の地」です。
“あのブランド書店が同人誌のイベントに力を貸した」という事実が、どれほど文学フリマというイベントのイメージ向上に貢献したことでしょう。


四年前のあの夜。
ABCのショーウィンドウ越しに見た空っぽの本棚。
あの不条理な光景が鮮明に脳裏に蘇ってきます。
一生忘れることはないであろう、あの、がらんどうの本棚。
当時は混乱と焦りと怒りをもって見つめたあの光景ですが、今夜は故郷喪失者の悲しみをもって思い起こされます。


胸が締め付けられます。


文學界」の同人雑誌評の終了といい、ABCの再倒産といい、今年は文学フリマの周辺がなにやらきな臭いですね(苦笑)。
私が言うのもなんですが、文学フリマは同人・インディーズ文学界の“残されたフロンティア”になりつつあるのかもしれません。
清濁併せ呑むの気概を持って、時代に挑んでゆきたいです。

近松門左衛門「曾根崎心中」がブーム!!

今、近松門左衛門の「曾根崎心中」がブームになっています。
え、そんなの知らないって?
いやいや、ニコニコ動画では「曾根崎心中」が熱いのですよ。
それも“人形浄瑠璃”ならぬ“ボーカロイド浄瑠璃”です。


きっかけはデッドボールPというVOCALOIDの音楽製作者が、初音ミク鏡音リンツインボーカル近松門左衛門の名文をそのまま詞に取り入れて作った「曾根崎心中」というHM曲。
これがかなりの出来映えで、ニコニコ動画内には同曲の関連動画が次々とアップされました。
この曲は4月下旬に公開されたので、時期的にここ数日でかなり凝ったPVが次々とアップされています。
これらがとにかく面白くて、私はすっかりハマってしまいました。


まず先陣を切ったPVがコレ。
D
間奏部分でちゃんと「曾根崎心中」のストーリーを紹介してくれます。
ミクとリンのキャラクターそのままにあえて同性愛的な描写になっています。


次にかなりアーティスティックな作りのPVが登場。
D
まさに驚愕のクオリティ。
心中物の業の深さが表現されていますね。
コメントが着物が左前になっていることを指摘してくれます。
動画の最後の気遣いも良いですね。
実際に「曾根崎心中」は模倣心中が続発して江戸幕府から上演禁止をくらってしまったわけですから。

そして独特の絵柄が好評のこちら。
D
この作品はミクを徳兵衛役、リンをお初役に配しているところが前二作とは異なります。
(リンは“レン”という男の子と双子という設定なので、男役を振られることが多いのです)
こちらはかなりの美談、という印象を受けます。


このまさかの「曾根崎心中」ブームで作者の近松ニコニコ動画内では“作詞:近松門左衛門*1”などと書かれる人気ぶりです。
まさか21世紀に「曾根崎心中」がインターネットの世界で人気演目になろうとは。
やはり普遍的に日本人の心に響く物語ということなのでしょうか。

*1:“P”とは“プロデューサー”のこと。もともとはゲーム「アイドルマスター」のプレイヤー人称で、ニコニコ動画アイドルマスターの動画を作成する人たちを“P”と呼ぶようになり、それが慣習化してボーカロイドの動画を制作する人たちも“P”という称号が与えられるようになったものです。

「STUDIO VOICE」7月号に春の文学フリマ2008レポート掲載

ちょっと遅くなりましたが6月2日発売の「STUDIO VOICE」7月号に「春の文学フリマ2008」の記事が掲載されていました。
特集“本は消えない!”の中の記事でP64-65「文学フリマにいってみた!」と題して、会場写真と共にレポートが載っています。
文学フリマの10冊!」という、参加者の同人誌の表紙入り紹介もあります。
さりげなく私の写真も載っていました。
イベント全体の紹介だけでなく、「参加者の本」にここまで誌面を割いてくれた記事はあまりなかったので、うれしく思います。
興味のある方はご一読を。

以前、新聞に寄稿したコラム「ライトノベルという現象」

昨日の電話取材で話しつつ、自分もまた文学フリマで同人誌を出さないとなという気持ちを新たにした望月です。
思い立って昔の原稿を読み返していました。
せっかくなので、ここに採録しておきます。
新聞掲載時に記者が付した小見出しもそのまま再現してみました。
なお、この原稿は2年前に発表したものなので、ちょっと古い話題もあります。
そのあたりのことを踏まえてお読みください。

ライトノベルという現象

 ライトノベルという言葉をご存じだろうか。若者を中心に広く読まれている小説群を指す言葉で、近年は時ならぬライトノベルブームであるという。その証拠に、本屋ではライトノベルのコーナーが棚の一角を占めており、解説本が何種類も並んでいる。

中高生読者の共感

 では、ライトノベルとは具体的にどのような小説を指すのか。傾向としてはマンガ・アニメ調イラストのカバーと挿し絵がある本、あるいはそれをフォーマットとする電撃文庫角川スニーカー文庫といった特定のレーベルから出る本のことであり、内容的にはアニメ・ゲーム・マンガ等との関連性が強く、若くしてデビューした作者が同時代感覚を持つティーンエイジャーを読者層として書く小説のことと言われている。しかしこの説明は「正確な定義はない」と留保をつけられることが多い。なぜならこの条件に従うと、例えばテキストだけを抜き出して読んだ場合、それがSFやファンタジーやミステリーであると言えてもライトノベルであるとは判断できないことになるからだ。
 つまり、そもそもライトノベルとは「1ジャンル」として確定できない要素を含んだ用語と考えなくてはいけない。これを私なりに定義づけるなら、ライトノベルとは主に中高生の読者が「こんな小説を自分も書いてみたい(書けるかもしれない)」という共感を抱く作品、およびそのような敷居の低い読者と作者の関係性を指す言葉であり、ジャンルではなく現象なのである。大正時代の若者が白秋や犀星や朔太郎に刺激されて詩を書きたいと思ったような情熱が、今のライトノベルという現象を支えている。

同じ「肩書き」でも

 よってライトノベルは読者がブログで感想を書き綴るのに適した作品群であり、そこでは作者のプロフィールも重要なサブテキストとして読まれている。『神様家族』などラブコメという極端にマンガ的なジャンルを得意とする桑島由一と、『NHKにようこそ!』などの鬱な青春小説で現代の太宰治とまで評される滝本竜彦は、その作風の違いにも関わらず「ひきこもり出身」という肩書きにおいて同じライトノベル作家なのである。
 またライトノベルは、海外に比べSFやファンタジーが根付かなかった日本でそれらの受容を広げた功績もある。『マルドゥック・スクランブル』でSF大賞を獲った冲方丁、抒情と機知に富む異世界ファンタジーキノの旅』の時雨沢恵一、また『空の境界』でPCゲームの世界から一躍新伝奇ミステリーの旗手となった奈須きのこなどは、ライトノベルという現象がなければ世にでなかった才能かもしれない。

“卒業”と“入学”と

 しかし、各々の資質を伸ばすことでライトノベルを〈卒業〉しつつある作家もおり、読者も一緒に〈卒業〉していく。作家・読者双方を一般のジャンルに輩出していくことでブームは沈静化し「ライトノベルは亡びた」などと囁かれる日も近いだろう。もちろん、そう簡単に亡びたりはしない。ライトノベル系のレーベルは例外なく新人賞に力を入れており、自前で発掘した人材がヒット作を生み、新しい読者を広げる仕組みがある。活字離れが叫ばれる昨今、ライトノベルは中高生の読者を開拓し、結果として小説の読者を育てる役割を担っているのである。その存在は決して「軽い」ものではない。21世紀の文学愛好者の誰もが通過する若気の至りとしての「明るい」読書体験。それがライトノベルの近未来の姿ではないだろうか。(初出:「しんぶん赤旗」2006年2月14日)

この原稿の発表後、紙屋高雪さん*1に「紙屋研究所」の読書レビュー“文化運動としてのライトノベル 新城カズマ『ライトノベル「超」入門』 *2”で好意的に紹介していただきました。
自分としてはこの原稿で「不毛な論議」と言われて久しい【ライトノベルの定義】にあえて挑むのだという意識があったので、その部分を評価していただいたのはとても嬉しいことでした。
また、これがきっかけとなり『子ども白書〈2006〉』(草土文化)*3ライトノベルの項を担当することになったのでした。
こういった反響は自分でも驚きましたね。

*1:

オタクコミュニスト超絶マンガ評論

オタクコミュニスト超絶マンガ評論

*2:

*3:

子ども白書〈2006〉子どもを大切にする国・しない国Part.2―人口減少時代の未来をひらく想像力

子ども白書〈2006〉子どもを大切にする国・しない国Part.2―人口減少時代の未来をひらく想像力

「文學界」の“同人雑誌評”が年内で終了

「同人雑誌評」が年内で終了 「文学界」名物欄

by TOMIURI ONLINE(読売新聞)


驚くと同時に「やっぱりな」とも思う、そんなニュースです。
もう五年ほど前から(あるいはもっと以前から)、同欄では「雑誌の応募数が減っている」としきりに書かれていました。
ただその頃から「同人の高齢化」をその主たる理由として挙げていて、そこに同欄の限界があったような気がします。
そもそも常識的に考えて、若い人たちが同人雑誌を立ち上げた時に、“同人雑誌評”に応募して「69歳から80歳までの4人の評論家」に自分たちの雑誌を評してほしいと思うでしょうか。


もちろん、同人雑誌という存在の質が変化していることは事実だと思います。
私が文学フリマを通じて感じるのは、多くの人が雑誌という「モノ」を作ることに魅力を感じているんだなということです。
ただ同人の作品を集めて本にする、ということではなく、インタビュー記事を載せたり見開き1ページのマンガを載せたり実験的なデザインを試みたりと、雑誌という形態、雑誌という文化でできることを追求している人たちが多いのです。
例えば“同人雑誌評”で、掲載作品の批評だけでなく、デザインや構成など雑誌全体を評価する担当者やそれに付随する賞などがあれば、また違った反響を獲得できたのではないでしょうか。


とはいえ、私は文芸同人誌に明かりを照らし続けた“同人雑誌評”に敬意を持つ者です。
おりしも一ヶ月前には同人誌から世に出た巨星・小川国夫さんが亡くなったばかりです。
文芸同人誌の世界には残念なニュースが続きますが、文学フリマが少しでもその光を受け継ぐことができたら、と私は密かに願っているのです。